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第4章

短篇集(日文版)-第4章

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んか。私は驚いて、振り向きました。あなた方はそれが何だつたと思召します?
 見るとそれは私の足もとにあの猿の良秀が、人間のやうに両手をついて、黄金の鈴を鳴しながら、何度となく丁寧に頭を下げてゐるのでございました。

       十四

 するとその晩の出来事があつてから、半月ばかり後の事でございます。或日良秀は突然御邸へ参りまして、大殿様へ直(ぢき)の御眼通りを願ひました。卑しい身分のものでございますが、日頃から格別御意に入つてゐたからでございませう。誰にでも容易に御会ひになつた事のない大殿様が、その日も快く御承知になつて、早速御前近くへ御召しになりました。あの男は例の通り、香染めの狩衣に萎(な)えた烏帽子を頂いて、何時もよりは一層気むづかしさうな顔をしながら、恭しく御前へ平伏致しましたが、やがて嗄(しはが)れた声で申しますには
「兼ね/″\御云ひつけになりました地獄変の屏風でございますが、私も日夜に丹栅虺椋à踏─螭扦啤⒐Pを執りました甲斐が見えまして、もはやあらましは出来上つたのも同前でございまする。」
「それは目出度い。予も満足ぢや。」
 しかしかう仰有(おつしや)る大殿様の御声には、何故(なぜ)か妙に力の無い、張合のぬけた所がございました。
「いえ、それが一向目出度くはござりませぬ。」良秀は、稍腹立しさうな容子で、ぢつと眼を伏せながら、「あらましは出来上りましたが、唯一つ、今以て私には描けぬ所がございまする。」
「なに、描けぬ所がある?」
「さやうでございまする。私は総じて、見たものでなければ描けませぬ。よし描けても、得心が参りませぬ。それでは描けぬも同じ事でございませぬか。」
 これを御聞きになると、大殿様の御顔には、嘲るやうな御微笑が浮びました。
「では地獄変の屏風を描かうとすれば、地獄を見なければなるまいな。」
「さやうでござりまする。が、私は先年大火事がございました時に、炎熱地獄の猛火(まうくわ)にもまがふ火の手を、眼のあたりに眺めました。「よぢり不動」の火焔を描きましたのも、実はあの火事に遇つたからでございまする。御前もあの剑嫌兄扦搐钉い蓼护Α!
「しかし罪人はどうぢや。獄卒は見た事があるまいな。」大殿様はまるで良秀の申す事が御耳にはいらなかつたやうな御容子で、かう畳みかけて御尋ねになりました。
「私は鉄(くろがね)の鎖(くさり)に俊àい蓼筏幔─椁欷郡猡韦蛞姢渴陇搐钉い蓼工搿9著Bに悩まされるものゝ姿も、具(つぶさ)に写しとりました。されば罪人の呵責(かしやく)に苦しむ様も知らぬと申されませぬ。又獄卒は――」と云つて、良秀は気味の悪い苦笑を洩しながら、「又獄卒は、夢現(ゆめうつゝ)に何度となく、私の眼に映りました。或は牛頭(ごづ)、或は馬頭(めづ)、或は三面六臂(さんめんろつぴ)の鬼の形が、音のせぬ手を拍き、声の出ぬ口を開いて、私を虐(さいな)みに参りますのは、殆ど毎日毎夜のことと申してもよろしうございませう。――私の描かうとして描けぬのは、そのやうなものではございませぬ。」
 それには大殿様も、流石に御驚きになつたでございませう。暫くは唯苛立(いらだ)たしさうに、良秀の顔を睨めて御出になりましたが、やがて眉を険しく御動かしになりながら、
「では何が描けぬと申すのぢや。」と打捨るやうに仰有いました。

       十五

「私は屏風の唯中に、檳榔毛(びらうげ)の車が一輛空から落ちて来る所を描かうと思つて居りまする。」良秀はかう云つて、始めて鋭く大殿様の御顔を眺めました。あの男は画の事と云ふと、気摺彝瑯敜摔胜毪趣下劋い凭婴辘蓼筏郡ⅳ饯螘rの眼のくばりには確にさやうな恐ろしさがあつたやうでございます。
「その車の中には、一人のあでやかな上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1…91…26)が、猛火の中に姢蚵窑筏胜椤灓ǹ啶筏螭扦黏毪韦扦搐钉い蓼工搿n啢蠠煠搜蹋à啶唬─婴胜椤⒚激蝻A(ひそ)めて、空ざまに車蓋(やかた)を仰いで居りませう。手は下簾(したすだれ)を引きちぎつて、降りかゝる火の粉の雨を防がうとしてゐるかも知れませぬ。さうしてそのまはりには、怪しげな鷙鳥が十羽となく、二十羽となく、嘴(くちばし)を鳴らして紛々と飛び繞(めぐ)つてゐるのでございまする。――あゝ、それが、その牛車の中の上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1…91…26)が、どうしても私には描けませぬ。」
「さうして――どうぢや。」
 大殿様はどう云ふ訳か、妙に悦ばしさうな御気色で、かう良秀を御促しになりました。が、良秀は例の赤い唇を熱でも出た時のやうに震はせながら、夢を見てゐるのかと思ふ眨婴恰
「それが私には描けませぬ。」と、もう一度繰返しましたが、突然噛みつくやうな勢ひになつて、
「どうか檳榔毛の車を一輛、私の見てゐる前で、火をかけて頂きたうございまする。さうしてもし出来まするならば――」
 大殿様は御顔を暗くなすつたと思ふと、突然けたたましく御笑ひになりました。さうしてその御笑ひ声に息をつまらせながら、仰有いますには、
「おゝ、万事その方が申す通りに致して遣はさう。出来る出来ぬの詮議は無益(むやく)の沙汰ぢや。」
 私はその御言を伺ひますと、虫の知らせか、何となく凄じい気が致しました。実際又大殿様の御容子も、御口の端には白く泡がたまつて居りますし、御眉のあたりにはびく/\と電(いなづま)が走つて居りますし、まるで良秀のもの狂ひに御染みなすつたのかと思ふ程、唯ならなかつたのでございます。それがちよいと言を御切りになると、すぐ又何かが爆(は)ぜたやうな勢ひで、止め度なく喉を鳴らして御笑ひになりながら、
「檳榔毛の車にも火をかけよう。又その中にはあでやかな女を一人、上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1…91…26)の装(よそほひ)をさせて仱护魄菠悉丹ΑQ驻赛煙とに攻められて、車の中の女が、悶え死をする――それを描かうと思ひついたのは、流石に天下第一の剑龓煠陇洹0幛皮趣椁埂¥f、褒めてとらすぞ。」
 大殿様の御言葉を聞きますと、良秀は急に色を失つて喘(あへ)ぐやうに唯、唇ばかり動して居りましたが、やがて体中の筋が緩んだやうに、べたりと畳へ両手をつくと、
「難有い仕合でございまする。」と、聞えるか聞えないかわからない程低い声で、丁寧に御礼を申し上げました。これは大方自分の考へてゐた目ろみの恐ろしさが、大殿様の御言葉につれてあり/\と目の前へ浮んで来たからでございませうか。私は一生の中に唯一度、この時だけは良秀が、気の毒な人間に思はれました。

       十六

 それから二三日した夜の事でございます。大殿様は御約束通り、良秀を御召しになつて、檳榔毛の車の焼ける所を、目近く見せて御やりになりました。尤もこれは堀河の御邸であつた事ではございません。俗に雪解(ゆきげ)の御所と云ふ、昔大殿様の妹君がいらしつた洛外の山荘で、御焼きになつたのでございます。
 この雪解の御所と申しますのは、久しくどなたも御住ひにはならなかつた所で、広い御庭も荒れ放睿膜旃皮凭婴辘蓼筏郡⒋蠓饯长稳藲荬韦胜び葑婴驋呉姢筏空撙蔚蓖屏郡扦搐钉い蓼护Α¥畅fで御殻à剩─胜辘摔胜膜棵镁斡恧紊悉摔狻方扦螄gが立ちまして、中には又月のない夜毎々々に、今でも怪しい御袴(おんはかま)の緋の色が、地にもつかず御廊下を歩むなどと云ふ取沙汰を致すものもございました。――それも無理ではございません。昼でさへ寂しいこの御所は、一度日が暮れたとなりますと、遣(や)り水(みづ)の音が一際(ひときは)陰に響いて、星明りに飛ぶ五位鷺も、怪形(けぎやう)の物かと思ふ程、気味が悪いのでございますから。
 丁度その夜はやはり月のない、まつ暗な晩でございましたが、大殿油(おほとのあぶら)の灯影で眺めますと、縁に近く座を御占めになつた大殿様は、浅黄の直衣(なほし)に濃い紫の浮紋の指貫(さしぬき)を御召しになつて、白地の澶慰Fをとつた円座(わらふだ)に、高々とあぐらを組んでいらつしやいました。その前後左右に御側の者どもが五六人、恭しく居並んで居りましたのは、別に取り立てて申し上げるまでもございますまい。が、中に一人、眼だつて事ありげに見えたのは、先年陸奥(みちのく)の戦ひに餓ゑて人の肉を食つて以来、鹿の生角(いきづの)さへ裂くやうになつたと云ふ強力(がうりき)の侍が、下に腹巻を着こんだ容子で、太刀を鴎尻(かもめじり)に佩(は)き反(そ)らせながら、御縁の下に厳(いかめ)しくつくばつてゐた事でございます。――それが皆、夜風に靡(なび)く灯の光で、或は明るく或は暗く、殆ど夢現(ゆめうつゝ)を分たない気色で、何故かもの凄く見え渡つて居りました。
 その上に又、御庭に引き据ゑた檳榔毛の車が、高い車蓋(やかた)にのつしりと暗(やみ)を抑へて、牛はつけずま@(ながえ)を斜に榻(しぢ)へかけながら、金物(かなもの)の黄金(きん)を星のやうに、ちらちら光らせてゐるのを眺めますと、春とは云ふものゝ何となく肌寒い気が致します。尤もその車の内は、浮線綾の縁(ふち)をとつた青い簾が、重く封じこめて居りますから、※(「車+非」、第4水準2…89…66)(はこ)には何がはいつてゐるか判りません。さうしてそのまはりには仕丁たちが、手ん手に燃えさかる松明(まつ)を執つて、煙が御縁の方へ靡くのを気にしながら、仔細(しさい)らしく控へて居ります。
 当の良秀は稍(やゝ)離れて、丁度御縁の真向に、跪(ひざまづ)いて居りましたが、これは何時もの香染めらしい狩衣に萎(な)えた揉烏帽子を頂いて、星空の重みに圧されたかと思ふ位、何時もよりは猶小さく、見すぼらしげに見えました。その後に又一人、同じやうな烏帽子狩衣の蹲(うづくま)つたのは、多分召し連れた弟子の一人ででもございませうか。それが丁度二人とも、遠いうす暗がりの中に蹲つて居りますので、私のゐた御縁の下からは、狩衣の色さへ定かにはわかりません。

       十七

 時刻は彼是真夜中にも近かつたでございませう。林泉をつゝんだ暗がひつそりと声を呑んで、一同のする息を窺つてゐると思ふ中には、唯かすかな夜風の渡る音がして、松明の煙がその度に煤臭い匂を送つて参ります。大殿様は暫く黙つて、この不思議な景色をぢつと眺めていらつしやいましたが、やがて膝を御進めになりますと、
「良秀、」と、鋭く御呼びかけになりました。
 良秀は何やら御返事を致したやうでございますが、私の耳には唯、唸るやうな声しか聞えて参りません。
「良秀。今宵はその方の望み通り、車に火をかけて見せて遣はさう。」
 大殿様はかう仰有つて、御側の者たちの方を流(なが)し眄(め)に御覧になりました。その時何か大殿様と御側の誰彼との間には、意味ありげな微笑が交されたやうにも見うけましたが、これは或は私の気のせゐかも分りません。すると良秀は畏(おそ)る畏(おそ)る頭を挙げて御縁の上を仰いだらしうございますが、やはり何も申し上げずに控へて居ります。
「よう見い。それは予が日頃仱胲嚖陇洹¥饯畏饯庖櫎àⅳ椁Α(D―予はその車にこれから火をかけて、目のあたりに炎熱地獄を現ぜさせる心算(つもり)ぢやが。」
 大殿様は又言を御止めになつて、御側の者たちに※(「目+旬」、第3水準1…88…80)(めくば)せをなさいました。それから急に苦々しい御眨婴恰ⅰ袱饯文冥摔献锶摔闻郡蝗恕⒖‘(いまし)めた儘、仱护皮ⅳ搿¥丹欷熊嚖嘶黏颏堡郡椤⒈囟à饯闻幛先猡驘啢扦蚪工筏啤⑺目喟丝啶巫钇冥蛩欷菠毪扦ⅳ椁Α¥饯畏饯溜Lを仕上げるには、又とないよい手本ぢや。雪のやうな肌が燃え爛(たゞ)れるのを見のがすな。姢黏畏郅摔胜膜啤⑽瑜疑悉毪丹蓼猡瑜σ姢浦盲薄!
 大殿様は三度口を御噤(おつぐ)みになりましたが、何を御思ひになつたのか、今度は唯肩を揺つて、声も立てずに御笑ひなさりながら、
「末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それ/\、簾(みす)を揚げて、良秀に中の女を見せて遣さぬか。」
 仰(おほせ)を聞くと仕丁の一人は、片手に松明(まつ)の火を高くかざしながら、つか/\と車に近づくと、矢庭に片手をさし伸ばして、簾をさらりと揚げて見せました。けたゝましく音を立てて燃える松明の光は、一しきり赤くゆらぎながら、忽ち狭い※(「車+非」、第4水準2…89…66)(はこ)の中を鮮かに照し出しましたが、※(「車+因」、第4水準2…89…62)(とこ)の上に惨(むごた)らしく、鎖にかけられた女房は――あゝ、誰か見摺丐蛑陇筏蓼护Α¥椁婴浃士悾à踏遥─韦ⅳ霔@の唐衣(からぎぬ)にすべらかし姢Fやかに垂れて、うちかたむいた黄金の釵子(さいし)も美しく輝いて見えましたが、身なりこそ摺亍⑿≡欷辘侍澶膜稀⑸伟驻ゎi(うなじ)のあたりは、さうしてあの寂しい位つゝましやかな横顔は、良秀の娘に相摺搐钉い蓼护蟆K饯衔¥肖由蛄ⅳ皮瑜Δ戎陇筏蓼筏俊
 その時でございます。私と向ひあつてゐた侍は慌(あわたゞ)しく身を起して、柄頭(つかがしら)を片手に抑へながら、屹(きつ)と良秀の方を睨みました。それに驚いて眺めますと、あの男はこの景色に、半ば正気を失つたのでございませう。今まで下に蹲(うづくま)つてゐたのが、急に飛び立つたと思ひますと、両手を前へ伸した儘、車の方へ思はず知らず走りかゝらうと致しました。唯生憎前にも申しました通り、遠い影の中に居りますので、顔貌(かほかたち)ははつきりと分りません。しかしさう思つたのはほんの一瞬間で、色を失つた良秀の顔は、いや、まるで何か目に見えない力が、宙へ吊り上げたやうな良秀の姿は、忽ちうす暗がりを切り抜いてあり/\と眼前へ浮び上りました。娘を仱护繖壚泼诬嚖ⅳ长螘r、「火をかけい」と云ふ大殿様の御言と共に、仕丁たちが投げる松明の火を浴びて炎々と燃え上つたのでございます。

       十八

 火は見る/\中に、車蓋(やかた)をつゝみました。庇(ひさし)についた紫の流蘇(ふさ)が、煽られたやうにさつと靡くと、その下から濛々と夜目にも白い煙が渦を巻いて、或は簾(すだれ)、或は袖、或は棟(むね)の金物(かなもの)が、一時に砕けて飛んだかと思ふ程、火の粉が雨のやうに舞ひ上る――その凄じさと云つたらございません。いや、それよりもめらめらと舌を吐いて袖格子(そでがうし)に搦(から)みながら、半空(なかぞら)までも立ち昇る烈々とした炎の色は、まるで日輪が地に落ちて、天火(てんくわ)が迸(ほとばし)つたやうだとでも申しませうか。前に危く叫ばうとした私も、今は全く魂(たましひ)を消して、唯茫然と口を開きながら、この恐ろしい光景を見守るより外はございませんでした。しかし親の良秀は――
 良秀のその時の顔つきは、今でも私は忘れません。思はず知らず車の方へ駆け寄らうとしたあの男は、火が燃え上ると同時に、足を止めて、やはり手をさし伸した儘、食ひ入るばかりの眼つきをして、車をつゝむ焔煙を吸ひつけられたやうに眺めて居りましたが、満身に浴びた火の光で、皺だらけな醜い顔は、髭の先までもよく見えます。が、その大きく見開いた眼の中と云ひ、引き歪めた唇のあたりと云ひ、或は又絶えず引き攣(つ)つてゐる睿Г稳猡握穑à栅耄─丐仍皮摇⒘夹悚涡膜私弧à长猓澹埽┩搐工肟证欷缺筏撙润@きとは、歴々と顔に描かれました。首を刎(は)ねられる前の盗人でも、乃至は十王の庁へ引き出された、十逆五悪の罪人でも、あゝまで苦しさうな顔を致しますまい。これには流石にあの強力(がうりき)の侍でさへ、思はず色を変へて、畏る/\大殿様の御顔を仰ぎました。
 が、大殿様は緊(かた)く唇を御噛みになりながら、時々気味悪く御笑ひになつて、眼も放さずぢつと車の方を御見つめになつていらつしやいます。さうしてその車の中には――あゝ、私はその時、その車にどんな娘の姿を眺めたか、それを詳しく申し上げる勇気は、到底あらうとも思はれません。あの煙に咽(むせ)んで仰向(あふむ)けた顔の白さ、焔を掃(はら)つてふり乱れた髪の長さ、それから又見る間に火と変つて行く、桜の唐衣(からぎぬ)の美しさ、――何と云ふ惨(むご)たらしい景色でございましたらう。殊に夜風が一下(ひとおろ)しして、煙が向う

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